
8月19日(火)
ピフレホール
大邱市と神戸市の友好コンサートが行われました。
榎田先生とピアノ河内仁志さんの「ファンタジーメランコリック」
イ・スンホさんの「ヴェニスの謝肉祭」
トリオでドップラーの「アンダンテとロンド」
フルートオーケストラで「アルルの女 第2組曲」
先生方の演奏は大邱市の時は聴けませんでしたが、今回は袖でゆっくり聴きました。
超絶技巧「ファンタジーメランコリック」は、榎田先生がブラジルの友だちに言って発見された新発見バージョンで、現在日本で発行されているモイーズ編曲版とは違うものです。
そのままで充分超絶技巧なのですが、もっと音符の数が増えて演奏するのは大変なのですが、朝から準備も大変なのにほぼノーミスで演奏され、また、河内さんのピアノも素晴らしく、お客様も歓声を上げておられました。
イ・スンホ先生の「ヴェニスの謝肉祭」はまた榎田先生とは違ったスタイルで明るく楽しい演奏でした。こちらも超絶技巧!

そしてお二人とピアノでドップラーの「アンダンテとロンド」
合わせの回数が少ない中、よく合わされたと思います。
美しい音色の共演で素晴らしかったです。
最後が榎田先生指揮の「アルルの女」第2組曲
韓国のメンバーの隣で吹くという得難い経験でした。
音の作り方、ビブラートの取り方、それぞれ違うのに、心を一つにして音楽で繋がる。
やっぱり音楽って良いですね!
演奏の後は串焼き田中で打上げ。
韓国の人たちは明るくて楽しい人ばかりでした。
また、会えるといいなぁ!
アルベルト・フランツ・ドップラー(1821年10月16日 - 1883年7月27日)

は、フルートの 名手で、作曲家としても知られ、フルート作品で最もよく知られています。
彼はまた、ブダペストのためにドイツオペラ1曲とハンガリーオペラ数曲を作曲し、いずれも大成功を収めました。
彼のバレエ音楽は生前、高い人気を誇っていました。
ドップラーはオーストリア帝国のレンベルク(現在のウクライナのリヴィウ)で生まれました。
1828年から1831年にかけて、オーボエ奏者であった父ジョセフ・ドップラーからフルートの手ほどきを受け、13歳でフルート奏者としてデビューしました。
4歳年下の弟カールとフルートの二重奏をし、カールは主に歌曲や付随音楽を作曲し、ヨーロッパ中で大きなセンセーションを巻き起こしました。
二人は演奏旅行をし、
1838年にブダペストのドイツ劇場のオーケストラのメンバーとなり、1841年にハンガリー国立劇場に移りました。
そこでフランツのオペラ5作が上演され、成功を収めました。
フランツとカールはヨーロッパを定期的にツアーし続けました。

1853年にハンガリー・フィルハーモニー管弦楽団の設立に協力しました。
フランツは18歳でブダペストのオペラで第一フルート奏者となり、その後ウィーン宮廷オペラ

